AIプロダクティビティを再定義する認知科学者・Qiに聞く(前編)
「人はアプリではなく"流れ"で考える。ツールはその営みに合わせるべきだ。」-- Qi
Qi──認知科学研究者であり、初めての起業に挑む創業者が語る、AI・フォーカス・そして新しい働き方のかたち。

🧠 アカデミアから偶然生まれたブレイクスルーへ
多くのAIプロダクトは、ミーティングメモやコードアシストなど、機能リストから語られがちだ。しかし Qi のキャリアはその文脈とは大きく異なる。彼は約10年にわたって 認知科学の博士課程 に身を置き、「人がどのように情報を理解し、構造化し、断片からパターンを推測するのか」を研究してきた。
初期研究では、数文字の手書きサンプルからスタイルを推定し、そこからフォント全体を再構成する機械学習モデルを開発。デザインが目的ではなく、「人間がどのように抽象化を行うのか」を理解するためのプロジェクトだった。
転機は日本でのインターン時に訪れる。日本語ASR(音声認識)モデルをゼロから構築してほしい──そんな無茶に見える依頼を受けたのだ。当時、彼は音声工学も音響処理も学んだことがなかった。それでも研究者として問題を分解し、構造を理解し、実験を積み重ねていった。
結果として生まれたモデルは、後に 「日本語ASR領域で最も使われる"スクラッチ構築のオープンソースモデル"」 として広く採用されることになる。
「未知の分野でも、基礎にあるパターンさえ掴めれば、意味のある成果を出せると実感しました。」
🧩 なぜ"今のAIアシスタント"は働き方を理解できていないのか
2023〜2024年にかけてAIツールが急速に普及するなか、Qi はある根本的な問題に気付く。
現代のワークフローはあまりに断片化されている、ということだ。
オンライン会議、IDE、ドキュメント、動画チュートリアル、Slack──人は常にアプリ間を移動し、毎回コンテキストを失う。それにもかかわらず、AIツールのほとんどは「アプリ単位」で設計されている。
さらに、ユーザーインタビューから分かったのは、ミーティングBotへの強い嫌悪感だった。
「録画Botが入ると、空気が変わる。助けではなく、監視のように感じる人が多い。」
Qi と共同創業者は、そこで "静かにワークフロー全体を理解するAI" という方向へ舵を切る。
ミーティングに乱入するBotではなく、作業の合間や遷移を捉え、邪魔することなく「流れ」を維持してくれる存在だ。
その発想の裏には、彼自身の極めてユニークな働き方がある。

🤖 AIと"8時間対話する"創業者
Qi のAIとの向き合い方は一般的なそれとはまったく違う。
AIを「ツール」としてではなく、"同僚"として扱っているのだ。
「Claudeは同僚みたいな存在です。毎日8時間くらい話しています。」
アイデアを整理し、意思決定の材料を揃え、行動計画を作り、複雑な問題を一緒にほぐす。Qi はまるで研究室のパートナーに話すかのように、Claude に長期文脈を共有しながら仕事を進める。
使用量があまりに多く、4時間制限にたびたび引っかかったため Claude Max にアップグレード せざるを得なかったほどだ。
Qi にとってAIはもはや「チャットボット」ではなく、"第二の認知スタック"と言える存在になっている。
🚀 1日の"流れ"を理解できるAIへ
Qi が目指すアシスタント像は、派手な機能を積み上げることではない。
そして既存のAIアシスタントのように、アプリごとに役割を限定することでもない。
彼の視点はもっと本質的だ。
現代の働き方はアプリではなく "流れ (flow)" によって構成されている。
だからAIも、その流れに寄り添う存在であるべきだ。
「人はアプリで考えない。流れで考えるんです。」
Qi が見据えるのは、断片化し続ける働き方の"つなぎ目"を理解し、静かに支えるAIだ。
🧭 若い起業家へのアドバイス
研究者から創業者へ──Qi のキャリアシフトは容易ではなかった。アカデミアは「美しさ」を求めるが、スタートアップは「スピード」と「顧客」を求める。振り返って Qi はこう語る。
「初めての創業者は、自分が面白いと思うものを作りがち。でも市場が求めるものとは限らない。」
彼のアドバイスはシンプルで、しかし経験に裏打ちされている。
- ユーザーとの対話は想像以上に早く始めること
- "完璧に準備ができる前" に出荷すること
- プロトタイプに惚れすぎないこと
- 問題そのものに学ばせてもらう姿勢を持つこと
- 数週間ではなく「数年続けられるペース」を見つけること
そして最後にこう付け加えた。
「自分に対して忍耐強くあること。クリアさは時間とともに生まれる。」
✨ まとめ
Qi のキャリアは、典型的な創業者像から大きく外れている。
エンジニア一筋でも、ビジネス特化でも、デザイナーでもない。
彼はそのどれでもないが、そのどれでもある"境界に生きるタイプ"だ。
日本語ASRモデルをゼロから構築し、日々AIと8時間対話しながら、自らの思考プロセスを外在化し、そして「人の働き方」を深く観察し続けている。
彼のプロダクトビジョンは明快だ。
ツールは人の「流れ」を邪魔せず、思考の負荷を減らし、働く人をよりクリアにする存在であるべきだ。
「大事なのはペース。速すぎても遅すぎてもダメ。学び続け、作り続けられるペースで進むこと。」
10年の研究、AIとの膨大な対話、そして日々の探索が、これからの働き方とプロダクティビティツールのあり方を静かに変えていくかもしれない。

